研究テーマ

自己免疫疾患克服プロジェクト(ヒト・マウス)

私たちは、デスモグレインを標的抗原とする天疱瘡および天疱瘡モデルマウスを解析することで、自己免疫や免疫寛容の仕組みなど、普遍的な免疫現象を明らかにすることを通じて、副作用の少ないより抗原選択的な免疫抑制療法の開発を目指しています。

研究目的

自己免疫性疾患は、未だその発症機構が明らかにされていない難治性疾患であり、より副作用の少ない、より特異的な治療法の開発が望まれています。私たちは、皮膚・粘膜を標的とする自己免疫性疾患、天疱瘡の病態を明らかにすることにより、普遍的な免疫現象を明らかにし、より選択的な免疫抑制療法の開発を目指しています。

研究概要

1. 天疱瘡標的抗原のcDNAクローニング

天疱瘡患者血清中に含まれるIgG自己抗体を抗体プローブとして用いて、ヒト正常表皮培養細胞より作成した発現ライブラリーを免疫スクリーニングし、尋常性天疱瘡抗原のcDNAを単離しました。単離されたcDNA の塩基配列解析により、天疱瘡抗原は、カドヘリン型の細胞間接着因子デスモグレイン(Dsg)であることが明らかにされました。尋常性天疱瘡抗原はデスモグレイン3(Dsg3)、落葉状天疱瘡抗原はデスモグレイン 1(Dsg1)です。

Amagai M, et al. Cell 67: 869-877, 1991

2. 組換え天疱瘡抗原蛋白の作成

昆虫細胞を用いるバキュロウイルスの発現系を用い、細胞外領域のみを分泌型の蛋白として組換えDsg1、Dsg3を作成しました。これらの組換え蛋白を充填したカラムは、患者血清中に含まれる自己抗体を特異的に吸収除去し、カラム処理後の血清は水疱形成能を認めないことが確認されました。さらに、カラムに吸着したDsg特異的IgG は、水疱形成を誘導することが確認されました。

Amagai M, et al. J Clin Invest 94: 59-67, 1994. Amagai M, et al. J Invest Dermatol 104: 895-901, 1995

3. 組換え天疱瘡抗原蛋白を用いた診断薬ELISA法の開発

上記により作成した組換えDsg1, Dsg3を固相抗原とした天疱瘡の血清診断薬が開発されました。Dsg ELISA法は平成15年7月より天疱瘡の血清学的診断薬として保険収載され、日常診療において稀少難治性疾患のひとつである天疱瘡の診断がより迅速に、そして確実に下せるようになったばかりでなく、血清中の抗体価をELISA法によりモニタリングすることにより病勢の客観的評価が可能となりました。

Ishii K, et al. J Immunol 159: 2010-2017, 1997. Amagai M, et al. Br J Dermatol 140: 351-357, 1999

4. 腫瘍随伴性天疱瘡における水疱形成を誘導する病的自己抗体の同定

腫瘍随伴性天疱瘡は、主にリンパ球系増殖性疾患に伴う天疱瘡です。疾患概念の提唱以来不明であった水疱を誘導する病的自己抗体が、Dsg3, Dsg1に対する自己抗体であることを明らかにしました。腫瘍随伴性天疱瘡では、自己抗体のみならず細胞性免疫による表皮及び粘膜上皮傷害も病態に関与していることが考えられています。

Amagai M, et al. J Clin Invest 102: 775-782, 1998

5. デスモグレイン代償説による水疱形成部位の論理的説明

同じ細胞にDsg3とDsg1がともに発現している場合、細胞間接着機能を補い合うと仮定するデスモグレイン代償説(desmoglein compensation theory)を提唱し、天疱瘡における水疱形成部位の多様性が論理的に説明できるようになりました。

Mahoney MG, et al. J Clin Invest 103: 461-468, 1999. Amagai M J Dermatol Sci 20: 92-102, 1999

6. 黄色ブドウ球菌産生表皮剥奪性毒素の作用機序の解明

水疱性膿痂疹(とびひ)およびブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)を誘導する黄色ブドウ球菌毒素(exfoliative toxin, ET)が表皮上層に水疱を起こす分子機序は、毒素同定以来30年間不明でした。落葉状天疱瘡とSSSSの臨床的、病理学的類似性から、ETはDsg1に作用することが予想されました。ETは、ETA, ETB, ETDの3 種のアイソフォームが知られていますが、すべてDsg1の細胞外領域を1カ所切断するセリンプロテアーゼであることを明らかにしました。

Amagai M, et al. Nature Medicine 2000;6: 1275-1277

7. 天疱瘡モデルマウスの開発

自己抗原ノックアウトマウスが欠失している自己抗原に対する免疫寛容が成立していない事実を利用し、自己抗原ノックアウトマウスのリンパ球を自己抗原発現マウスに移植することにより、臓器特異的自己免疫疾患モデルマウスの新しい作出法を開発しました。Dsg3-/-マウスの脾細胞をRag2-/-免疫不全マウスに移植すると、抗Dsg3 IgG抗体が持続的に産生され、粘膜にびらんを生じるなど天疱瘡に特徴的な表現型を呈しました。天疱瘡モデルマウスは、病的抗Dsg3モノクローナル抗体の単離、末梢自己抗原に対する免疫寛容機序の解明、免疫抑制療法の評価系など、様々なプロジェクトに有用な基礎的なツールを提供しています。

Amagai M, et al. J Clin Invest 105: 625-631, 2000

8. Dsg3特異的自己免疫性皮膚炎モデルの開発

天疱瘡モデルマウスを用いて、Dsg3特異的CD4+ T細胞クローンを樹立し、このクローンから単離したDsg3特異的T細胞受容体遺伝子を用いてDsg3特異的T細胞受容体トランスジェニックマウス(Dsg3H1マウス)を作成しました。このマウスから分化するDsg3特異的T細胞は、分化条件を調整することにより、B細胞から抗Dsg3抗体を産生させ、天疱瘡病変を誘導するだけでなく、Dsg3特異的T細胞自らがDsg3を発現する表皮に浸潤し、角化細胞を傷害することにより自己免疫性皮膚炎を誘導できることがわかりました。このモデルは生理的表皮自己抗原を標的としたT細胞依存性の皮膚炎モデルとして免疫学的な解析や新規治療法の評価系としての活用などにおいて、非常に有用です。

Takahashi H, Kouno M, et al. J Clin Invest 121:3677-3688, 2011

9. 免疫機能とコレステロール代謝系の融合領域研究と疾患制御への応用

コレステロールは細胞膜を構成する極めて重要な脂質であるだけでなく、ホルモン合成にも必要であるなどその作用は多岐にわたります。従来、免疫系におけるコレステロールの機能については、注目が薄かったのですが、近年の解析技術の進歩にともない、免疫細胞に役割の重要性が注目されてきています。我々も、ヘルパーT細胞をはじめとする免疫細胞におけるコレステロール代謝に注目し、免疫機能における役割を明らかにするべく研究を進めています。特に、疾患制御に関わる機能については、将来の治療応用に直結するため、明らかにしていくことを目指しています。